太陽工業コラム
屋内練習場というとプロ野球や強豪校の練習施設を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし今、屋内運動施設は地域の交流施設や商業施設の新しい機能、遊休地の土地活用などとしても注目を集めています。施設の利活用の幅を大きく拡げているのが膜構造です。明るく広い空間の実現、多彩なデザインへの対応力。万一の災害時には避難施設や物資保管施設としても活躍する膜構造+屋内運動施設のポテンシャルをご紹介します。
日本サッカーの強さを支えるフルコートの全天候屋内練習場
サッカー日本代表の活動拠点として、多くの代表選手がトレーニングに励んできたJビレッジ(福島県)。東日本大震災以降、原発事故対応の前線基地として使われていた同施設が2019年に完全再開しました。東京ドーム約10個分の敷地内に天然芝ピッチ8面、人工芝ピッチ2面。さらにホテル、アリーナ、プールなどがある日本が世界に誇るスポーツ施設です。
このJビレッジのなかでも、ひときわ目を引くのが敷地面積2万m2、延べ床面積は1万m2の全天候型屋内練習場です。室内に68m×105mの公式サイズのサッカーピッチ一面がすっぽりと収まる広さの室内運動施設は国内初。福島復興のシンボルとも言われるJビレッジにあって、この全天候型屋内練習場はそのアイコンともいえる存在となっています。
膜ならではの施工効率
建物を優しく包むアーチ状の屋根。練習場の特徴的なデザインをつくっているのが太陽工業の膜材です。
屋根の高さはプレーの支障にならないことを考慮し、ピッチの中心部で22m、サイドライン上で8.7mの高さを確保したアーチ状のトラス構造。膜材の定着にあたっては長辺約6.5m、短辺アーチ長約110mを1ユニットとした膜材をロール状に巻いて現場搬入し、クローラークレーン(履帯と原動機を備えた移動式クレーン)で吊り上げ、クレーン側に引き寄せながら展張して鉄骨フレームに定着させ、さらに吹き上がり対応として各ユニットに押さえケーブルを設置しています。こうした省スペースで効率的な施工が行えるのも、軽量で柔軟性のある膜材の大きな特徴の一つです。
ドーム球場をはじめ多くのスタジアム屋根に採用されている膜構造は、曲面形状などさまざまなデザインに対応が可能で、個性的なデザインを実現しています。Jビレッジは、膜の柔らかな特性を生かし、現地の双葉郡にちなんで、「葉」をデザインモチーフとしており、この全天候型屋内練習場も、アイコンとしての存在感を示しながら、緑の芝と白い膜屋根のコントラストが調和した美しい景観をつくりだしています。
自然光の下でのトレーニング
練習場内に一歩足を踏み入れた瞬間、多くの人が膜の効果を実感するのがその明るさでしょう。金属屋根などと異なり、膜は高い透光性能を誇り、その光は拡散光となるため強い影が発生しません。晴天時の日中は照明設備を使用しなくても十分にトレーニングができる明るさを確保でき、施設の電力消費量を削減できるほか、開放感ある自然光下でのトレーニングはプレーヤーのストレス軽減にもなります。
日射による暑さ対策という面では、この全天候型屋内練習場はほぼ全周にわたって開口部を設置しており、自然風によって天井部の熱溜まりを防ぐ構造になっています。また膜素材自体にも温度上昇の要因となる日射や紫外線をカットするという性能があるため、室内温度が過度に上昇することを防ぎます。
全体コスト低減にもつながる膜の軽量性
サッカーコート全面がすっぽり収まる、柱のない圧倒的な大空間を実現している要素の一つが膜の軽量性です。膜は通常の建築素材に比べきわめて軽量なため、屋根構造体、および下部構造体をよりシンプルに構成することができます。この軽量特性は施設全体の鋼材使用量削減につながることから、膜材は総合的に見た場合、コストメリットの高い建材だと言えます。
また膜の軽量性を語るときに忘れてはいけないのが耐震性です。地震の振動エネルギーは屋根の重量に比例することから、膜の軽さは耐震面で非常に有利であることにくわえ、膜素材は揺れに対する変形追従性を備えているため破断しにくく、下部構造への負担も大きく軽減します。万一、破損した場合でもガラスのように飛散せず、落下による二次被害などが起きにくいのも膜ならではの特性です。
光触媒で美しさを保つ。耐久性は30年以上
緑の芝生と白い膜屋根のコントラスト。その美しさゆえに心配されるのが経年劣化による汚れかもしれません。「これだけ大きな屋根となると維持メンテナンスの費用が相当かかるのでは」という声は当然の疑問です。
屋根材として使われている酸化チタンコーティング膜は光触媒によって膜に付着した汚れを分解・除去するセルフクリーニング機能を備えています。このため施工当初の美しさを維持します。
耐久性能という面でも全天候型屋内練習場に使用しているA種膜材料(フッ素樹脂/ガラス繊維膜材料)は30年以上を見込む不燃材料です。同種の膜材を使用している国内初の大型屋内野球場である東京ドームは1988年の開業以来これまで膜の張替えは一切行っていませんが、現在でも十分な強度と機能を保っています。
プロ野球から強豪校まで膜構造の屋内野球練習場
『「白河の関」を超えられない』。かつて高校野球にはこんな表現がありました。 東北以北からは優勝校がなかなか出なかったため、それを江戸時代の関所になぞらえたものです。しかし今や優勝旗は津軽海峡を越え北海道にもわたり、東北地方にも優勝候補に名を連ねる数々の強豪校が存在します。
全国的な戦力の均一化の一つの要因に練習環境の整備があげられます。東北以北では雪でグラウンドが使えないなど、かつては気候要因がハンディキャップと言われていましたが、今や強豪校の多くは屋内練習場などの環境整備が進んでいるからです。
屋内野球練習場の多くは倉庫型の簡易な構造が主流ですが、軽量で下部構造への荷重負荷が少ない膜はこうした構造と相性が良く、耐震性能にも優れるため、安心・安全を重視する学校や自治体施設を中心に採用が進んでいます。
膜を使った屋内野球練習場の特徴には、上記の耐震性能のほか、Jビレッジでもご紹介した明るく開放的な空間の実現があります。日中、室内でありながら自然光下で打撃、守備等の練習ができることはスキル向上に大きく寄与します。
使用ニーズに応じ、さまざまなバリエーションが提供できるのも特徴の一つです。たとえば側面の壁を含めて全体を膜構造にして明るさ確保を優先させる。採光性を活かしながら側面に鋼板を用いて耐久性、防犯性を向上させる。さらには壁部分をなくし、単に雨天時でも練習できる半開放型の施設など、場所や利用形態によっていかようにも対応できます。
太陽工業ではプロ野球球団がキャンプで使用する屋内練習施設をはじめ、大学・高校など多くの施設施工実績を持っています。構造体はもちろん、人工芝、可動式の防球ネットなどを含めた施設全体をトータルにご提案します。
屋内フットサルコート
商業施設としての差別化、独自性を打ち出す。特に若い世代へのアピールという点から3×3バスケットボール、スケートボードなどができる運動施設を商業施設内に整備するといった動きがあります。JR川崎駅前の商業施設「ラ チッタデッラ」が2011年末にオープンした「アレーナチッタ」はその先駆けともいえる存在です。
アレーナチッタはフットサルコートを中心としたエンターテイメント施設で、老朽化によって閉館した映画施設と隣接する屋外広場を含めた約2000m2の敷地にフットサルコート2面、フットサル専門ショップ、カフェなどが設けられています。メイン施設であるフットサルコートには太陽工業の膜構造が採用されており、市内初の全天候型フットサルコートとしても注目を集めました。
膜屋根の採用によって昼間は自然光をふんだんに取り入れ照明コストを削減。夜間には照明に照らされた膜屋根が美しい景観をつくり、隣接する商業施設全体の認知を高める効果も生んでいます。
敷地は前面が一般道路、後方が既存営業施設。当然、施工にあたっては既存施設への営業を最小に抑えることが求められます。そこで太陽工業ではフットサルコートを覆う2つの膜屋根を7ブロックに分け、重機や部品置き場スペース等がもっとも効率的に敷地内で完結できる施工を実施しました。
工場生産によるパネルユニットを取り付けていく膜構造は、現場での作業効率が高く、施工効率性があるのも特徴です。膜取り付けにあたって重機の数を抑えられるため、既存施設など周辺環境への影響も少なく、狭小地や重機・資材の搬入経路が限られる複雑な形状の土地での施工についても柔軟に対応することができます。
子育て支援、地域交流に膜構造が一役
子育て世代が安心して定住できる環境づくりの一つとして子どもが楽しく遊べ、家族が集うことでさまざまなコミュニティが生まれる場を設ける。福島県南相馬市が進める子育て世代支援策・こどもの遊び場整備事業の一環として2016年に開場したのが「かしまわんぱく広場」です。
気象条件に左右されず日々利用できる屋内運動場として膜構造を採用。明るい室内には膜を利用した遊具ふわふわドームも設置されています。安全性などにも十分な配慮がなされており、床面にはクッション性の高い人工芝が敷かれ、熱中症対策のミスト設備、乳幼児のオムツ交換などができる多目的トイレのほか、入り口の段差をなくすなどユニバーサルデザインに配慮した設計となっています。
京都府船井郡京丹波町の「わち夢広場」は、廃校となった小学校跡地を利用し、地域住民のための交流施設として2017年にオープンしました。
和知第二小学校は2001年に閉校。その後、老朽化と安全確保の観点から校舎は一部を残し解体され、跡地活用が検討されてきました。地域からは高齢者のための屋内運動施設を求める声が多く、これを受けて自治体では多くの住民が活用できる「多目的施設」とすることを決定。開放感のある明るい空間となる膜構造を採用した屋内多目的広場が整備されました。
高齢者が多い地域特性を考え、広場内はゲートボールに適したクレーコートを採用。24m×54mのゲートボールコートが3面とれ、夜間利用を想定した照明設備も備えています。側面は開閉箇所が複数設けられているため、開閉によって内部の温度調整を容易に行うことができます。
膜構造の軽量性が耐震性の高さにつながることは前述したとおりですが、この特徴から防災との親和性は見逃してはいけないポイントです。
たとえば災害に備えた街づくりの一つとして、多くの自治体で防災公園の整備が進められていますが、その際、公園内に屋内運動場を備えることは、防災機能の強化につながります。避難施設として学校や自治体の体育館が利用されますが、同じように屋内運動施設は一時的な避難場所、避難物資の保管、負傷者救護施設への利用といったポテンシャルを備えているからです。
特に膜構造ならば万一の電力不足の際にも日中ならば自然光を取り入れられ、限られた電力を他の用途に振り分けることが可能となります。またあらかじめ開口面を広く取っておけば、車両の出入りも可能となるため体育館以上に緊急時の利活用の幅が広がるでしょう。
まとめ
トップアスリートのトレーニング施設から、地域交流、防災に至るまで、屋内運動施設と膜の組み合わせは幅広いものがあります。今回ご紹介しきれませんでしたが、幼稚園や保育園の遊び場、インドアテニスコート、ビル屋上への設置。さらには既存施設の改修、リノベーションにも有効です。
このように軽量で柔軟性があり、かつ多彩な形状に対応できる膜構造は、あらゆるシーンに対応できるポテンシャルを備えています。屋内運動場のほか駅、スタジアム、商業施設、公共施設、道路、さらには防災関製品に至るまで、さまざまなニーズに対し、膜ならではの価値をご提供してまいります。