太陽工業コラム
日本は地理、自然的条件から、各種の災害が発生しやすい特性を持っています。 平成の時代には東日本大震災、熊本地震。令和に入っても台風や河川の氾濫による水害、土砂災害などが頻発しています。災害時にいかに人々の命を守っていくか。それは災害大国日本にとって最優先の課題です。なかでも地域防災の最前線に立つ各自治体の役割は非常に大きくなっています。「起こりうるリスク」として、あらゆる可能性を想定し、準備しておく。そんな防災への備えの中でも、今回は住民の命を守る最前線拠点である避難所。学校、公立体育館に求められる役割、機能について見ていきます。
全国約9割の公立学校が避難所に指定:震災時に体育館が被災し使えないケースも
国立教育政策研究所の調査によると全国の公立学校のうち89.3%(30,513校)が災害時の避難所に指定されており、そのうち91.8%が(27,997校)が市区町村立の学校となっています。東日本大震災においてもピーク時622校の学校施設が避難所としての機能を果たし、地域住民の安全な避難に大きく貢献しました。
地域に根付いた存在である市区町村立学校は、平時には地域の子どもたちの健やかな成長を促す教育の場であると同時に、万一の災害時には地域の安全を守る最前線の避難施設の役割が期待されています。しかし「避難所として指定されていれば万全」というわけではありません。いざという時に確実に避難所として機能するためには、設計段階での安全性の確保が必要なのはもちろん、物資の備蓄、避難導線の確認、運営方法など平時からの災害想定、準備が重要になってきます。実際の災害では耐震化が未実施だった非構造体の被害などによって体育館を避難所として利用できなかったという事例も報告されています。
体育館が使用できなくとも教室などで一定の避難生活はできます。しかし一定の広いスペースが確保できる体育館が使えないことは避難所としての機能に一定の制約を課します。たとえば余震等による二次避難の誘導、高齢者や障碍者の移動導線などを考えた場合、広い平面レイアウトが可能で、移動の際に上下動のない体育館の優位性が高いのは間違いありません。
スペースを最大限に有効利用:システムトラスがつくりだす安全空間
限られた面積を最大限に活かし、いかにして安全で快適な大空間を作るか。体育館の設計においてそれは共通する基本テーマとなります。通常使用においてはバスケットボールやバレーボールなど幅広い競技メニューに対応でき、運動以外にも学校集会、地域イベントといったさまざまな行事に利用できるようにする。この空間のユーティリティ性の高さは、そのまま震災時の避難所としての対応力につながります。
柱の少ない広い空間を確保するための屋根構造として有利だとされているのがトラス構造です。三角形を基本単位にした集合体で構成する構造形式で、部材を曲げようとする力『曲げモーメント』が隣り合う部材で発生せず、荷重を加えても部材には引張り、圧縮の力しか加わらないため、多くの柱を要せずに屋根を安定的に支えることが可能となります。
このトラス構造の機能をベースに、システム化によって施工効率性、強度、設計の自由度を高めたのが太陽工業のTMトラスです。工場製造された鋼管のパイプに仕込んだボルトを鋼球(グローブ)のネジ孔に接続して平板に組み広げて行きます。基本設計から、実施設計・電算解析・図面製作→施工設計→生産設計→工場製造→施工に至る一連のプロセスを全て専用のコンピュータ・システムで管理。部材精度が高く、現場施工時には支承部品以外の溶接作業が発生しないため、施工効率を高めるだけなく、高レベルでの品質安定性を実現しています。
そして何より大きな特徴がその軽量性です。TMトラスで形成された屋根構造体の重量は一般鉄骨構造の約半分。想定以上の揺れが発生した場合でもTMトラスは自重が軽く、下部構造へのスラスト力(推力)をなくすことができるため、揺れによる下部構造への負荷を大きく軽減され、トラス部材の一部が万一破損したとしても、全体崩壊につながる危険性が少ないという特徴も持っています。
システム化によって効率性を高める一方、幅広い設計自由度を担保しているのもTMトラスの特徴のひとつです。基本となる構造の組み方は<三角形組タイプ>、<オクテッド(四角錐)組タイプ>、<ボックス組タイプ>、<斜交組タイプ>の4種があり、設計デザインにあわせてもっとも最適な構造を選択。大部分のデザイン形状はこの4種で対応できますが、より複雑な曲線、円形、球体といった形状に対しても専用のコンピュータ・プログラムによって応力計算を行い、適切な部材を選定して対応することが可能です。
TMトラスは体育館のほか、大規模スタジアム、アリーナ等に採用されています。これらの事例を見ていただければ、いかに少ない柱で安全な大空間をつくれる技術であるかがご理解いただけると思います。
圧迫感のない屋根がもたらす:避難生活の質の向上
安全性、特に耐震性をしっかり担保した上で、避難所にはさらにどのような機能が求められるのでしょう。 内閣府がまとめた『避難所運営ガイドライン』の冒頭には「被災者の健康を維持するために『避難所の質の向上を目指す』」として次のような文章が記されています。
「避難所を開設するだけにとどまらず、その『質の向上』に前向きに取り組むことは、被災者の健康を守り、その後の生活再建への活力を与える基礎となる。発災後に取り組むことは当然であるが、発災前の平時からの庁内横断的な取り組みが欠かせない」 緊急避難時であっても、いかにして生活の質を保ち、健康を守っていくかが、避難所の大きな課題のひとつということです。
この点でもTMトラスの特徴が優位性を発揮します。一つはジョイント部が小さく、部材パイプが細いため屋根の圧迫感が少ない幾何学的な構造美を表現できるという点です。鋼材が大きくなる一般的なH型鋼による在来工法と比べるとその違いは一目瞭然。TMトラスの屋根、その開放感の高さは、閉所生活における心理的圧迫を少なからず軽減することになります。
木のぬくもり、優しさが:被災者のストレス軽減に
避難生活のストレスを低減させるものとして注目されているが木質材を利用した体育館です。木がもたらす自然素材独特のあたたかさ、柔らかさは、子どもたちの教育面からも効果的であるとされ、近年、建て替え、改修などの際に木材、木調を活かした校舎、体育館を選択する学校が増えています。 避難所使用における被災者心理に与える影響も同様で、木のぬくもりは圧迫感の軽減や避難生活に潤いを与える存在にもなります。くわえて木材は吸湿性が高く、結露が発生しにくいことから、大人数が過ごす際の湿度調整機能も果たしてくれます。
TMトラスにはこうした木材の特性を活かすMOKUトラスがあり、トラスの持つ安全性、耐震性を保ちながら、木材を有効活用した建築への利用を可能としています。タイプは大きく分けて、主部材であるパイプに集成材、無垢材を利用した<オリジナルタイプ>。鋼管製トラスに木製の外装材を装着した<ウッドカバータイプ>。間伐丸太材を使用する<ログタイプ>の3つ。一般的な木造建築には<オリジナルタイプ>を使用しますが、設計条件などによって木造建築が難しい場合には<ウッドカバータイプ>を使用することで、木の風合いを生かした設計を可能としています。また、地元木材を使用した地産地消ニーズにもお応えしています。
吊り天井に変わる:膜天井という選択
震災による建物への影響で、近年、大きくクローズアップされているのが非構造物の被害です。なかでも吊り天井の被害は東日本大震災でも数多く報告され、国土交通省はこれを受けて2013年に天井脱落対策に関わる技術基準告示『国土交通省平成25年告示第771号』他を公布。2014年より施行を開始しました。具体的には「脱落によって重大な気概を生ずるおそれがある天井」を特定天井と定め、該当する天井には「新たに定められた基準を充たすことを検証し、安全性を対外的に証明すること」が義務付けられています
特定天井の定義は
- 吊り天井(直天井は該当しない)
- 天井の高さ6m超
- 面積200m2超
- 質量2kg/m2超
- 人が日常利用する場所に設置されている
となっており、告示に基づく対策としては、既存建築の場合には「ネットの設置」、「天井をワイヤー等で吊る」。新規建築の場合は「ルート」といわれる3つの方法のうちいずれか一つを適用し、安全性を検証する必要があります。
安全性の担保はもちろん重要です。しかし特定天井のままで新基準に対応使用した場合、それは建築コストに大きく影響します。そこで太陽工業では、新たな発想の安全な天井として「膜天井」をご提案しています。
膜天井は従来の一般的な天井材に比べて大幅に軽い質量約600g/m2の膜材料を使用したもので、厚さわずか1mmながら落下物を受け止める十分な強度を保持しています。地震の揺れに対しても膜材料は変形追従性に優れているため天井脱落の危険性がきわめて低く、しかも軽量性と吊り材を使わない定着システムのため特定天井に該当しません。
軽く、柔らかく、強いという安全性とともに「全面定着タイプ」「2辺定着タイプ」「ポイントサスペンションタイプ」「ルーパータイプ」という4つの工法によって、さまざまな意匠に対応できるデザイン自由度の高さも特徴の一つで、グラビア印刷加工を施すこともできるため、膜そのものの風合いだけでなく、木造建築に合わせた木目調、あるいは金属柄、石柄など下部構造に合わせた幅広い表現に対応できます。使用する膜材についても施設の特性に応じて吸音性、気密性、不燃性を備えた各種膜材の選択が可能です。
またシンプルな部材構成のため、新設だけでなく、吊り天井からの改修・転換も容易で、既存のボード天井を活かしたまま、膜天井をフェルセーフ天井として利用することで落下防止機能を付加することもできます。108kgのボードを平行落下、斜め落下させた当社独自の落下衝撃試験では、膜天井は破損せず、ボードをしっかり受け止めることが確認されています。
膜天井写真および関連ページへのリンク
https://www.taiyokogyo.co.jp/architecture/ceiling.html
まとめ<高度化する避難所運営への貢献>
ここまで主に建築・設計面から避難所となる体育館の機能を見てきました。耐震安全性、スペースの確保、万一の電源確保、ストレスを与えない快適空間の実現など、どれも重要であることは間違いありません。しかし避難所はハードのみで完結しません。むしろ大切なのはソフト、実際の運用面です。特に昨今のコロナ禍による影響をふまえ、避難所には緊急時の安全確保だけでなく、感染症対策など、より高度で難しい対応が求められます。 東京都が策定した『避難所における新型コロナウイルス感染症対策ガイドライン』でも、受け入れの際には発熱者、濃厚接触者の専用スペースを設けること。滞在スペースについても一般区域と濃厚接触者をきっちり区分する専用区域を設けること。一般避難区域でもパーテーション等で区切り、感覚を2m(最低1m)空けること。スペースごとに番号等を付け管理することなどを求めています。
TMトラスはこれまで体育館建築において全国で150万m2、1000棟以上の施工実績を誇ります。くわえて私たちは医療用陰圧テント、クイックパーテーション、防水モバイルバッテリーといった、さまざまな防災・減災資材のラインアップを持っています。太陽工業はこれら総合力を活かし、高度化するこれからの避難所運営に貢献してまいります。