太陽工業コラム

建築表現の幅を広げるETFEフィルム膜の可能性

2020年夏、横浜みなとみらい21地区に日産自動車の期間限定施設<ニッサン パビリオン>がオープンしました。この施設は同社が描く未来のモビリティ社会のイメージを、さまざまに体感できる場所です。 柔らかな曲面がリズミカルに連なって円を形成し、時間の経過、光の当たり方によってさまざまに表情を変える。このパビリオンの存在を際立たせ、個性的なものとしているのが前面をぐるりと囲む膜構造のファサードです。

使用されている素材は高機能フッ素樹脂をフィルム状に圧延したETFEフィルム。高い耐久性と透明性などを特徴としており、建築表現の可能性を拡げる材料として、今、国内外から大きな注目を集めています。

ETFEフィルム膜構造の特徴:ガラスに代わる透明建材として

ETFEフィルム膜材は透明、軽量で自由なフォルムへの加工が容易。海外ではイギリスのコーンウォール州にある巨大複合型環境施設<エデン・プロジェクト>、ドイツワールドカップ決勝の舞台となった<アリアンツ・アレーナ>など、多くの先進的な建築事例で用いられており、ETFEフィルムから生まれるその独創的フォルムは新しい建築様式として高い注目を集めています。

特徴1 超軽量:耐震性向上、施工効率アップにも貢献

ETFEフィルム膜材の大きな特徴のひとつが軽量性です。厚さ250μmで重さは約440g/m2。他の一般的な建材『鋼板(1.6mm)12.6 kg、アルミ(2mm)5.4kg、ガラス(2mm)5kg』と比較してもきわめて軽量なため、建築躯体への負荷を軽減し耐震性向上に大きく寄与するほか、資材の輸送、保管や施工の効率性を高めることに貢献します。透明性を持ちながらガラスのように割れて破片が飛び散る危険性がないため、災害時などの安全性にも寄与します。

特徴2 耐久性:高い透明性を長期間にわたって維持

ETFEフィルム膜材は紫外線や雨などへの耐候性に優れているほか、強度面においても高い耐久性能を持っています。耐用年数は20年以上で、屋外暴露試験による透光率の経年変化を見ても、塩ビの場合は3年で40%、ポリオレフィンでは6年で70%に低下するのに対し、ETFEフィルムは長期間にわたって黄変等がほとんど見られず高い透光性を保つことが実証されています。この高い耐候性、耐久性は、同じ透明建築物でもガラス建築に必須の定期的な清掃が不要となるなど、日常的なメンテナンスコストの削減にもつながります。

特徴3 遮熱・断熱性:ガラスと変わらない熱貫流率を実現

ETFEフィルム膜構造には大きく2つの構造形式があります。ひとつは従来の膜構造同様フレームやケーブルなどで支持された1枚のフィルムで構成する<テンション方式>。もうひとつがフィルムを複層に重ね、内部を空気で膨らませる<クッション方式>です。

2つの構造形式の中でも建築様式の可能性を大きく拡げるのが<クッション方式>です。空気で膨らませたレンズ状のクッションが膜面の発生応力を低減して大グリッドを形成。その組み合わせによって複雑な意匠を表現できます。また内部の空気層が熱放出を抑える効果を持つことから、ガラス同等の熱貫流率を実現しています。これによってスタジアムやアトリウムといった居住性、快適性が求められる大空間など利用シーンが大きく拡がります。

送風システムによって風などの外荷重に耐えられるようクッション内の内圧を自動管理。張力についても同様の内圧制御によって常に最適となるよう自動的に管理されているので安心です。

特徴4 透明性:フィルムの組み合わせで明るさを自在に

ETFEフィルム膜材は紫外線・可視光・赤外線のすべての領域で高い光線透過率を保持しています。透明素材の場合可視光透過率は90%超。この高い透光性を活かすことで室内照明コストを大きく抑えるほか、時間経過による室内印象の変化など、外光を巧みに使った空間演出を行うことも可能です。ETFEフィルム膜材は光学特性別に<透明>、<梨地>、<ホワイト>、<ブルー>、<ドットプリント>の5種を用意。これらを組み合わせることで内部に取り込む光の量を自在にコントロールすることができます。

スタジアムの快適性と芝育成課題を両立

ETFEフィルム膜構造の高い透光性は多くの建築分野で注目されていますが、なかでも熱い視線が注がれているのがサッカーやラグビーなどのスタジアム関係です。スタジアムの観戦快適性を高めるには雨や日射を防ぐ屋根が必須ですが、一方、屋根を設けることでフィールド上に注がれる日射量が減ってしまうため、芝生の育成を大きく阻害する要因になります。この問題を解決するため、従来は季節に合わせての夏芝、冬芝の入れ替え(ターンオーバー)や人工的にLED照明を照射して育成を早める方法が用いられていますが、これらはスタジアム管理コストの大きな負担となってきました。

これに対してETFEフィルム膜構造の高い透光性は、屋根として観戦環境の快適性を保つと同時に芝生への十分な太陽光の確保を両立できるため、ターンオーバーなど芝生の保護育成にかかる費用を大きく抑えることができます。 また天井全てを覆った状態でも太陽光を確保できるため、天候要因に左右されない場所として、音楽ライブ、各種イベントなどスタジアム活用の幅を大きく拡げることにもつながります。

特徴5 光演出:建物が光の衣装を纏う

昼間は高い透光性によって快適な明りを室内に導き、自然光による空間演出ができる一方、日没後の夜間は照明によってまったく違った印象を演出できるのもETFEフィルム膜構造の大きな特徴です。内部照明だけでも十分な光演出は可能ですが、ETFEフィルム膜構造はLED照明設備との親和性が高く、その組み合わせによって独創的で訴求性の高い夜間の光演出を行うことができます。

LEDの調色機能を活かし時間、季節、歳時などに合わせて変化させる。膜を通して広がる柔らかな光の拡散は、外部照射によるライトアップとは異なり、まるで建物が光の衣装を纏ったかのようになり、建築表現の可能性を大きく拡げ、アイコン、ランドマークとして建物の存在価値を大きく高めます。

国内施工事例:海外での施工実績、培ってきた膜建築のノウハウを結集

ETFEフィルム膜構造は海外での導入が進んでいますが、日本国内に目を向けると採用事例はまださほど多くありません。2000年頃より国内でも実験的にETFEフィルムが採用され始めましたが、その多くはイベント向けの仮設建築など小規模なものが中心でした。

建築材料、膜構造としての認可など法整備が進んできたことで、今後国内においても素材の持つ多くの利点から、ETFEフィルム膜構造への注目はさらに高まると予想されます。 建材としての多くの可能性が期待される一方、ETFEフィルム膜構造の特徴を最大限に活かすためには、設計・施工面においてこれまでにはない、さまざまな工夫、ノウハウが求められます。太陽工業では海外グループ会社を通じて多くの設計・加工・施工実績を持つほか、これまで培ってきた膜構造建築物の豊富なノウハウを有しています。ここでは膜構造物のリーディングカンパニーである当社が手掛けたETFEフィルム膜構造の国内先行事例をご紹介します。

事例1 細部に至る検討を繰り返し、最適解を導く:ユニクロ心斎橋店

日本国内におけるETFEフィルム膜構造の先駆けが2010年にオープンした<ユニクロ心斎橋店>(大阪)のファサードです。当時はまだ建築材として認可されていなかったため、「耐火構造外壁の表面化粧材」として利用されました。
ETFEフィルムに空気を注入したクッション構造を採用。同社製品であるダウンジャケットを連想させるデザインによって、ビル外観そのものが店舗のアイコンとして機能しているほか、夜間にはLED照明で多彩に表情を変える演出を施し、街ゆく人々の注目を集めています。 ETFEフィルム膜構造を使った日本初の本格的建築として、<ユニクロ心斎橋店>の設計施工に当たっては実物大のモックアップを作成。試作品を実際に見ながら、デザイナーと共に細部至るまで検討を繰り返し、グリッド寸法、梱包・輸送、ライティング方法などの最適解を導き出しました。

1) グリッドの検討

仕上げ材として利用するため設計荷重は外装材の壁荷重を採用。 グリッドの大きさはデザイナーのイメージに応える最大値として1辺2.7mの正方形のグリッド寸法を算出。

2) ディテール

ETFEフィルムを定着させるアルミ金物はフラットタイプ、V型タイプ、V型+溝タイプなどを検討。デザイナーの意向をふまえV型タイプを採用。

3) 加工・製造

自然な曲面のクッションとなるため複数のフィルム裁断パターンを検討。モックアップによる実装を繰り返し、シワのない美しい仕上がりとなる最適値を導く。

4) ライティング

モックアップ段階からさまざまな演出パターンを検証。

5) 梱包・輸送

フィルムの梱包・輸送時にフィルムにキズや折れなどが生じないよう、紙管に被せるようにした上で、フィルム専用の木箱に収納して輸送。

6) 施工手順

高精度の要求に応えるため製造過程でアルミフレームの全数寸法検査を実施。寸法精度を±2mm以内に設定。 くわえて現場での施工誤差に対応するため支持フレームの精度を確保。

 

 

事例2 デザインと技術を高次元で融合:新豊洲Brilliaランニングスタジアム

東京都江東区豊洲の<新豊洲Brilliaランニングスタジアム>は2016年にオープンした全天候型の運動施設です。ETFEを支持する鉄骨の架構と内部から網目状に組まれた木材によって面剛性をつくることによって、トンネル状の美しいフォルムを生み出し、開発が進む豊洲エリアの中でも独特の異彩を放つ施設となっています。

意匠の中心となるETFE膜はフィルムを2層構造にし、内部に空気圧を送り込むクッション方式を採用。通常の屋根建築と異なり、屋根そのものに乗っての施工作業ができないため、最適な張力、シワの寄らない美しさ、施工効率性などを踏まえた入念な設計・施工計画が練られ、事前にモックアップなどを用い数度のシミュレーションが繰り返されました。
ETFEフィルム膜の高い透光性は、本施設のように大半を覆った場合、内部温度上昇が問題となる場合があります。そこで本施設では2層になったフィルムのうち外側をシルバー、内側に白色のドットをプリントし透過率を1枚で約90%から2枚合わせて約35%に抑制。くわえて頂部に換気機能を設けることで明るさと室内温度の最適バランスを保つことに成功しています。

意匠はもちろん、構造、設計、施工全体にわたって総合力が評価された<新豊洲Brilliaランニングスタジアム>は、2019年日本建築学会賞(作品)、日本構造デザイン賞、グッドデザイン賞、BCS賞と国内の主要な建築関係賞を受賞。くわえてDFA(デザインフォーアジア)、GRAND AWARD 、FRAME賞(オランダ)へのノミネートなど国内外から高い評価を受けています。

まとめ

2014年に膜構造フィルム用として建築基準法の指定建築材料に追加され、2015年には防火に関する国土交通省告示が制定され建築での適用範囲が拡大。2017年には膜構造に関する国土交通省告示が制定されたことで、一般確認申請での建築が可能となったことから、今後、スタジアムをはじめとしたスポーツ施設、アトリウム空間などでの採用が広がっていくことが予想されています。

透明性、軽量性、安全性、耐久性、遮熱性などの機能はもちろん、デザインや光演出など、建築表現として多くの可能性を持つETFE膜構造。日本国内における本格的なETFE膜構造の時代に、太陽工業はトップランナーとして、これまで培ってきたノウハウに最新の研究開発をくわえることであらゆるニーズにお応えし膜構造建築の未来を拓いていきます。

 

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